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「ディスカバー号」と「秘境駅号」で巡る飯田線 ☆★
(前編・2023年11月18日) 後編はこち
ら
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<田本駅に停車中の「ディスカバリー飯田線号」を見下ろす乗客たち>
(青い枠がついている画像は、クリックすると拡大画像が開きます)
1)飯田線と秘境駅
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今年
8月8日に、長野から松本、岡谷を経て、辰野駅から豊橋駅までの飯田線195.7kmを普通列車で乗り通しました。飯田線に初めて乗った
のは1978年4月3日で、この時の記
録を見ると、全線は196.0kmでした。その後、平岡ー鴬巣間と時又ー天竜峡で路線の変更があ
り、全長が変わっています。
左の図は交通新聞社の「JR版 西日本時刻表 2023冬号」からお借りしました。中央本線と比
べると、駅が多いのが一目瞭然です。これはもともと飯田線が4つの私鉄だったことによるものです。
今回乗車した豊橋ー飯田間は129.3km。駅の数は両端を含めて60駅で、平均の駅間距離は
2.19kmになります。ちなみに中央本線の名古屋ー木曽福島間133.1kmは31駅で、平均駅
間距離は4.44kmになります。
豊橋ー飯田間には特急列車も走っているのですが、青春18きっぷなどを使って普通列車に乗る鉄
道ファンにとっては、難易度の高い路線のひとつです。
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ところで「秘境駅」とはどういう駅でしょうか。
アマゾンで検索すると多くの本やビデオ作品が見つかりますが、この言葉を世に広めたのは牛山隆信
さんです。1999年10月15日にウェブサイト「秘境駅へ行こう!」を開設され、それを元にして
小学館文庫から2001年8月1日出版された「秘境駅へ行こう!」が、多くの人の目にとまりまし
た。もちろん駅が好きな「駅鉄」である辻本も、すぐに購入しました。
牛山さんのサイトでは、「秘境駅ランキング」が載っていますが、牛山さん自身が「筆者の独断的な
判断によるもの」と書かれている通り、人によって考えは違うでしょう。牛山さんの選択基準は「秘境
度」「雰囲気」「列車到達難易度」「外部到達難易度」「鉄道遺産指数」の5種類ですが、辻本なら
「外部到達難易度」を最も重視したいと思います。
つまり、周囲に人家がなく、駅に通じる道がないか、あっても細い登山道のような道しかないところ
です。車道がある場合は、秘境度はぐっとダウンすると思います。トップの写真に掲げた田本駅は、こ
の外界との隔絶感がたまりません。牛山さんのランキングでは、トップ20位までに飯田線の駅が6駅
含まれており、今回、そのすべてを訪ねることが出来ました。
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さて今回乗った列車の時刻表です。左が11月18日(土)
の下り「ディスカバー飯田線号」、右が19日(日)の上り「飯田線秘境駅号」です。
JR
東海の資料を見てもらえばわかりますが、両方乗ってもらうことを想定して、停車駅を選
んでいます。「み
まさかスローライフ」号と同様、駅好きには貴重な列車です。
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この
秋の運行は、「ディスカバー号」が11月3日(金・祝)と、18日(土)で、「秘境駅号」が4日
(土)と19日(日)です。これはまず「ディスカバー号」に乗って飯田線の知識を得た上で飯田、あ
るいは豊橋で宿泊してもらい、翌日は秘境駅を楽しんでもらおうという戦略だと思いました。
辻本はたまたま飯田市に大学時代の友人が住んでいることから、飯田で宿泊するのは好都合でした。
さて左は「秘境駅号」のヘッドマークで、描かれているのは小和田(こわだ)駅です。ここは立派な
駅舎があるのに、人家に通じる道がないという特異な駅で、皇后陛下の旧姓と漢字が同じなので、ご成
婚の際には一躍脚光を浴びました。飯田線の秘境駅を代表する駅です。あとでまた詳しく紹介します。
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2)豊橋駅から
出発
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前置きが長いのはいつものことですが、もう一言だけ。今回、秘境駅だけをしっかり紹介しようか
とも思いましたが、上記、JR東海のコンセプトを尊重し、その他の沿線も紹介していくことにし
ます。
ということで、豊橋駅です。新神戸から新幹線で余裕をもって到着しました。まず新幹線待合室
にある「壷屋」
さんで駅弁を確保しました。「秘境駅弁当」というのもあるのですが、ここは豊橋名物の稲荷寿司
を買うのが筋なので、「三色稲荷」を選びました。ウナギ好きの妻は「うなぎまぶし」です。在来
線通路の売店では、「秘境駅弁 当」が山積みになっており、どんど
ん売れていました。
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飯田線乗り場の1番線に向かうと、9時38分発の普通列車が停まっており、「ディスカバー号」
はその発車後に入線してくるようです。出発表示板には列車名はなく、「臨時」となっていまし
た。
ホームの先端まで行くと、前方に「ディスカバリー号」が待機しているのが見えました。このあ
たりが飯田線列車の基地である「豊橋運輸区」になります。拡大写真を見ると、手前に「城海津
(しろかいづ)跨線橋」が見えます。1953年に架設された長さ188mのこの陸橋が豊橋駅の
すぐ近くにあるため、東海道新幹線の豊橋駅は高架駅にすることができず、地平ホームになってい
ます。
「ディスカバリー号」はヘッドマークはありませんでした。急行列車ですが、車両は特急用の
373系電車で、転換クロスシートの3両編成です。探訪に便利な真ん中2号車の席を横並びで確
保できました。
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ちなみに「ディスカバー号」と「秘境駅号」の指定席は、JR西日本のネット予約
「e5489」では買えませんでした。JR東海は在来線のネット予約サービスはありません。1
か月前の発売日は仕事があったので、昼休みに京橋駅まで買いに行きました。「みどりの券売機」
でも購入できません。それなのに最近は有人のみどりの窓口が少なくなっており、とっても不便で
す。
さて定刻の9時50分に出発すると、車掌さんのアナウンスが始まります。最初は「右側で豊橋
運輸区の仲間たちがお見送りしています」でした。上の写真のように、飯田線へようこそ」の看板
が立てられ、大勢の職員が手を振っていました。「秘境駅号」のヘッドマークも見えます。左端の
絵は、職員手作りのペットボトルのキャップアートです。何が描かれているのかは、車内で配布さ
れた「見どこ ろガイド」をご覧下さい。
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3)愛知県
の駅 新城(しんしろ)、三河槙原(みかわまきはら)
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車掌
さんの放送は、「駅では絶対に線路には出ないように」などの注意事項から、乗務員の紹介、SNSで
の拡散お願いなど、延々と続きました。でも乗っているのは鉄道ファンと旅行好きばかりなので、みん
な拍手で応えていました。
最初の停車駅は新城です。ここは新城市の中心駅なので、比較的大きな駅です。「秘境の玄関口」と
いう位置づけで、駅の表示もそうなっていました。待合室では酒まんじゅう、シフォンケーキ、唐揚げ
などの物販がありました。
こういう列車の良い点は、見どころの案内と、その場所で徐行してくれることです。8月の旅ではう
まく写せなかった長篠城跡も
写せました。城跡にいた観光客も手を振ってくれました。
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湯谷
温泉を過ぎると右手を流れる宇連川(うれがわ)の川底が一枚の板を敷き詰めたように見えることから
「板敷川」とも呼ばれていますという案内がありました。左側の座席の乗客も立ち上がって美しい川をのぞき 込みました。こういうことが出来
るのも観光列車ならではです。
次は「水墨画のような風景がある」三河槙原。どんな風景だろうと思っていると、確かに駅近くに水
墨画に出てくるような断崖絶壁がありました。みんな外へ出て思い思いに写真を撮っています。
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4)愛知県の駅
柿平(かきだいら)、三河川合(みかわかわい)
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次は
隣駅の柿平です。ここは牛山さんの秘境駅ランキング(2023年3月17日改定版)では174位
で、「ディスカバリー号」でも秘境駅扱いされています。
しかし写真でわかるように、駅の出入り口は遮断機のある車道に面しており、グーグルマップを見る
と、すぐ近くに小さな集落もあります。ここは秘境ではないなあと思います。
「飯田線秘境駅号」は、2010年春に運行された団体ツアー列車が好評だったため、一般客も乗れ
る臨時急行として、同年8月から11月にかけて運行が始まりました。
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次は
3駅連続の停車で三河川合です。ここも新しい簡素な駅舎です。
この駅は1923年2月1日、新城市の大海駅から延びてきた「鳳来寺鉄道」の終点駅で、今でも入
れ換え用の線路など広い構内が残っています。
飯田線の歴史を見ると、豊橋駅から大海駅までは「豊川鉄道」で、1897年7月15日の豊橋ー豊
川間を皮切りに順次延長し、1900年9月23日に大海まで開通しています。三河川合駅から天竜峡
駅までは「三信鉄道」で、1932年から部分開通を繰り返し、1937年8月20日に開通。この日
が飯田線の全線開通日となりました。
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|
な
お、天竜峡駅から竜野駅までは「伊那電気鉄道」で、1909年12月28日に辰野ー伊那松島間が軌
道線として開業したのを皮切りに、順次延長と改良を続け、1927年12月26日に天竜峡に達して
います。
さて左は愛知県内最後の駅、東栄(とうえい)で、最徐行の通過です。駅舎は豊橋出発時のキャップ
アートになっていました。写真は8月に撮影したものです。初めて見た時は猫かと思いましたが、地元
の祭りで使う鬼の面にちなんでいるようです。
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5)静岡県の駅
浦川(うらかわ)
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三河
川合を少し遅れて11時51分に出発すると、次に停まる浦川までは少し時間があるため、駅弁を食べ
ました。左が「うなぎまぶし」、右が「三色稲荷」で通常の稲荷寿司に加えてワサビ菜とちりめん山椒
が載っています。壷屋の稲荷寿司はそうとう甘いとの評判ですが、子供のころに食べた懐かしい味でし
た。
浦川は「鮎と歌舞伎の里」です。駅舎内には地元の子供たちと静岡文化芸術大の学生が一緒に描いた
壁画が掲げられています。駅舎横のトイレは
電車の形をしています。また上りホームの横には大きなイチョウが美しく色づいてい ました。
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5)静岡県の駅
中部天竜(ちゅうぶてんりゅう)
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12
時30分ごろ、中部天竜(ちゅうぶてんりゅう)に到着しました。ここは佐久間ダムと発電所で有名
で、1991年から2009年まで「佐久間レールパーク」という鉄道博物館施設がありました。鉄道
運行の拠点で、1978年にも下車しました。その時の写真はこ ちらです。現在も有人駅で、列車
が到着すると駅員さんや地元のゆるキャラ「さくまる」 が出迎えてくれまし た。
左下の写真が、レールパークだった建物で、ディスカバリー号の乗客向けに1階で当時の写真展示な
どを見学できました。
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建物の後ろでは物販があり、駅前に人が少ないのはそのため
です。左の写真を拡大すると「五平餅」のノボリが見えます。
さらにその背後に見える赤いアーチ橋は右の県道中部(なかっぺ)大橋で、かつてはダム関係の資材
を運ぶ専用線の鉄橋でした。今も埋められたレールの跡がわかります。
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この
ように中部天竜は佐久間ダム建設の基地として多いに賑わっていたようです。
さて、中部天竜では旧レールパーク施設の見学などもあったために38分間も停車するので、後から
到着した12時50分発の普通列車が先に発車していきました。この列車はディスカバー号より52分
も後の10時42分に豊橋を発車しています。飯田線全線を走り通す普通列車3本のうちの1本で、辰
野駅には17時20分に到着します。
写真の左が発車していく普通列車で、その左に見えるのがレールパークだった建物です。
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佐久間ダムといえば、辻本が子供のころは、黒部ダムとともに日本のダムの代表として有名でした。完成したのは1956年で、高さ155.5mの重力式コ
ンクリートダムです。完成時には日本で最も高いダムで、現在でも第9位の高さを誇っています。
総貯水容量でも第8位に位置しており、天竜川がダム湖になりました。このことが飯田線に大きな影
響を与えました。線路が水没することになり、路線変更を余儀なくされたのです。
左は2022年発行の平凡社「ポケットアトラス日本地図帳 新訂第3版」です。中部天竜のとな
り、佐久間駅を過ぎると飯田線は峰トンネル(3,619m)をくぐって水窪(みさくぼ)川の谷に出
ます。そして水窪駅から飯田線で最も長い大原トンネル(5,063m)をくぐって天竜川沿いの大嵐
(おおぞれ)に戻ります。逆「コ」の字形のこの路線は、大規模な路線変更の事例として、鉄道ファン
には有名な区間です。
地図にも「佐久間湖」と記されているように、天竜川がダム湖化したことで、沿線の駅周辺にあった
集落の多くが水没することになりました。これが大嵐駅から天竜峡駅までの区間に秘境駅が集中してい
る大きな原因なのです。
また地図には「佐久間町」や「水窪町」の文字が見えますが、これは町名ではなく、大字です。
2005年に浜松市の周辺10市町村が編入合併され、2007年には浜松市が政令指定都市になった
ことで、浜松市天竜区となりました。
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中部天竜と佐久間の間で天竜川を渡ります。左には佐久間発
電所が見えます。天竜川に沿う飯田線ですが、天竜川を渡るのはこの鉄橋と、天竜峡駅の手前の2か所
のみで、どちらも「天竜川橋りょう」という同じ名前です。
こちらの鉄橋は横に歩道がついています。右は8月に乗った時の撮影で、佐久間駅側から見た写真で
す。
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さて
峰トンネルを過ぎると、鉄道名所があるので、先頭車両の運転席後ろに移動しました。それが城西(し
ろにし)ー向市場(むかいいちば)間にある「第6水窪川橋りょう」、別名「S字鉄橋」、またの名は
「渡らずの鉄橋」です。
もともと左岸側の崖をトンネルで抜ける予定だったのが、崩落の恐れがあったためトンネルをやめて
川に張り出す形に線路を設けたため、こういう鉄橋になりました。写真の右前方で左にカーブするた
め、正確には「逆S字」になっています。
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5)静岡県の駅
大嵐(おおぞれ)
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大原
トンネルを抜けると大嵐です。ここから先は8月の旅でも普通列車の車内から見た風景を紹介していま
す。
大嵐の駅舎は立派です。駅前に車道が通じているため秘境駅扱いされていませんが、地 理的には秘境と言えそうです。駅があるのは浜松
市ですが、浜松市側は近くに集落はな く、駅前の吊り橋「鷹巣橋」
で天竜川を渡って1km余り行くと、愛知県の旧富山(とみやま)村、現在の豊根村富山地区の集落が
あります。駅の利用者は富山地区の人たちで、この建物も駅舎ではなく、富山村が1997年に建てた
「大嵐休憩所」 です。内部は明るく、こんな様子です。
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大嵐
到着は3分ほど遅れましたが、20分近くの停車時間があるので、他にも見るべき場所があります。駅
前を吊り橋と反対方向へ進む道は旧線の跡です。少し行くと上の写真のように旧駅のホームが残ってい
ます。さらに進むとトンネルも残っています。手前のトンネルの先に見えるのが夏焼第2トンネル
(1,228m、あるいは1,238m)です。地理院地図を見ると、トンネルを抜けたところに夏焼
集落がありますが、現在は無人だということです。
ホームの豊橋側はすぐに大原トンネルですが、その横には新線の竣工を記念し、犠牲者を慰霊する碑
がありました。
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6)長野県の駅
田本(たもと)
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大嵐
の次は静岡県最後の駅、飯田線の秘境駅の代名詞になっている小和田(こわだ)ですが、大嵐ー小和田
間が、飯田線の最後の開通区間です。車掌さんから「もうすぐ渡る鉄橋が完成したことで、飯田線が全
通しました」とアナウンスがあり、列車は徐行しました。それが左の、門 谷川にかかる鉄橋です。
その直後、「私のお勧め絶景ポイントです。まるでフィヨルドのようです」と案内があったのが左下
の風景です。天竜川が大きく屈曲しており、深い谷がフィヨルドに見えないこともないかなと思いまし
た。ここも停まる寸前の最徐行でした。
小和田を過ぎると長野県に入ります。鴬巣(うぐす)ー平岡(ひらおか)間は1982年6月13日
に長いトンネルの新線に切り替わっており、左手に旧 線の鉄橋が残っていました。
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|
ディ
スカバー号の旅も終わりが近づき、トリを飾るのは秘境駅ランキング5位の田本駅停車です。
事前の調べで、豊橋寄りのホーム端から階段を上ると、駅の全景を見下ろせる展望スポットがあるこ
とがわかりました。混雑が予想されるため、ドアの前で待機し、停車と同時に最後尾に走りました。
混雑防止のため、無線機をもったJR東海の社員さんが先に上っています。乗客の一番手として撮影
したのが左の写真です。次々に上ってくる乗客を入れて撮影したのが、このページのトップに掲げた写
真です。駅の部分をアップで撮影した のがこちら。順番待ちの行列がよ
くわかります。
急斜面の途中にあるこの駅は、秘境感に満ちています。駅の出口はこの階段だけで、上ると道は左右
に分かれています。右折してすぐがこの展望台です。細い道は先へ続いており、吊り橋「竜田橋」で天
竜川の対岸へ渡って坂を上ると集落があります。グー グルマップに写真がアップされていますが、獣
道のような細道です。
階段を上って左折すると15分から20分くらいで田本の集落に出ますが、標高差を考えると急斜面
の登山道で、グーグルマップを見ても写真をアップしている人がいないようです。
ホームから展望台を振り返ったのが左下の写真です。アップにすると、写真を撮っている妻が写って
います。
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手前
の男の子たちが何を撮影しているかというと、運転台に掲げてあった貼り絵?の額で、JR東海のヘッ
ドマークを集めたものでした。
帰りの「秘境駅号」では右の写真のように、S字鉄橋を渡る列車のちぎり絵が掲示されていました。
停車時間は15分ありましたが、混雑を避けるため、停車前のアナウンスでは展望台への案内ととも
に、「ホームの前方からは、トンネルが連続し ているのが見えます。前方の列車
にご乗車のお客さまは、こちらを先にご覧ください」と の誘導案内がありました。
下の左はホーム前方を見たところ。待合室があります。下の右は後方を見たところで、ホームは狭い
ですね。左手のコンクリートの斜面の上方には、大きな岩が出っ張っています。「落ちない岩」 とし
て、受験生に人気があるとかないとか……。
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7)飯田駅へ到
着
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田本
の次の駅、門島(かどしま)を過ぎると、左手に泰阜(やすおか)発電所が見えるとアナウンスがあり
ました。佐久間発電所以来の大きな発電所です。難読地名で、田本駅の駅名標にも「長野県下伊那郡泰
阜村」という住所が記されていました。長野県は全都道府県で最も村が多く、77自治体のうち35村
もあります。
発電所の手前、列車の下にダム湖から発電所への導水路があり、この写真の背後、列車の右手には水
量を調節する巨大なサージタンクがあります。列車からはコンクリートの壁にしか見えませんが、「前
の道路から列車を入れて写すと良い写真がとれます」と案内がありました。「見どころガ イド」にしっかり掲載されています。
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千代
(ちよ)を過ぎ、本日2度目の「天竜川橋りょう」を渡る直前、2019年11月17日に開通した三
遠南信自動車道の「天龍峡大橋」をくぐります。「飯田線のライバル」との案内がありました。今回は
うまく写せなかったので、8月8日に鉄橋から写した写真を掲載します。
橋げたの下には「そらさんぽ天龍峡」
という名前の遊歩道が設けられています。
鉄橋を渡ってトンネルをくぐるとすぐに天竜峡に停車します。1分停車は不思議だなと思っていたの
ですが、ここは旅館がある観光地で、それなりの乗客が降りていました。そして定刻の15時35分、
飯田駅に到着しました。
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