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★ 大洲城と鵜飼い(2001年6月1日)

1)伊予の小京都

 大洲市は人口約3万9000人の小さな都市。松山市からはJR四国の特急列車で30-40分。2000年7月には松山自動車道が到達し、便利になりました。愛媛県一の大きな川・肱川が中心をゆったりと流れ、四方を山に囲まれた盆地に静かな町が広がっています。
 源平争乱のころ、その川のほとりに城が築かれ、戦国時代の藤堂高虎、脇坂安治を経て、江戸時代は加藤貞泰以来、6万石の外様大名として加藤家が明治まで13代続きます。
 現在の大洲市は、城下町としてより、NHKの連続テレビ小説「おはなはん」のロケ地となった明治時代の古い町並みや、観光鵜飼いで知られているようです。

2)大洲城

 町の中心は肱川の左岸にありますが、JRの伊予大洲駅は少し離れた右岸にあります。国道56号線が市内を南北に貫通しています。両岸を結ぶのが肱川橋。その橋から西側、下流側を見ると、川のほとりにこんもりとした丘が見えます。これが大洲城です。よく見ると麓の川縁に二階建ての櫓が見えます。今も残る4つの櫓の一つ、1843年(天保14年)改築の「苧綿(おわた)櫓」です。

 背後の森が城址です。もう少し離れて撮影すると、左側にある市民会館の大きな建物が邪魔になります。
 櫓には川の堤防が続いており、堤防の上を歩けるようになっていますが、登り口がちょっとわかりにくいです。

 反対から見るとこのとおり。櫓なので、城の内側に窓はありません。
 左に見えるのが肱川橋。遠景は富士山(とみすやま)で、ツツジの名所でもあります。

 城の本丸へは、苧綿櫓の背後から細い散策路を登ることができますが、メーンルートは市民会館の西側です。クランク状の道を少し登ると苔むした趣のある石垣が姿を現します。本丸まではほんの数分、車でも上れる舗装道路が続いています。

 最初に見えるのが「高欄櫓」。その名の通り、二階の南側と西側に擬宝珠のついた高欄を巡らしています。二層の屋根も、唐破風がついており、他の櫓とは少し趣が違います。
 この櫓は1861年(文久元年)の再建。1860年(万延元年)説もあります。
 大洲城の4つの櫓はいずれも重要文化財ですが、個人的にはこの高欄櫓が一番気に入りました。あとで詳しく紹介しますが、現在天守の復元計画が進められています。でも、こんな優美な櫓が残っているのだから、今のままでも十分な気もします。

 こちらは高欄櫓の北東側にある「台所櫓」。1859年(安政6年)の再建です。
 天守は二つの櫓の間にあり、渡り櫓で結ばれていました。かつては天守の位置に中江藤樹の銅像がありましたが、天守復元に備えて移転しています。


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