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★池田輝政、本多忠政時代の石垣

  次は第二期と第三期。姫路城の主流を占める石垣です。

地図・赤の5。
 西の丸の南側、ワの櫓の石垣で、第三期です。
 なかなか立派ですが、観光順路から外れているので、人はまばらです。

 上の写真のコーナー部分のアップです。
 壊れやすいコーナー部分は「算木積み」となります。これは長方形の石を、長い辺と短い辺が互い違いになるように積んでいく手法です。
 前ページの本丸北側の秀吉時代の石垣の算木積みと比べると、石の加工がずいぶん進んでいることがわかります。
 また勾配は上にいくほど反り上がるようになっていますが、これがいわゆる「扇の勾配」です。敵に石垣を登らせない工夫ですが、それでも登ってくる敵には、上に「石落とし」が待ちかまえています。

地図・赤の6。
 「扇の勾配」で一番有名な石垣がこれ。見学順路で行くと帰り道の終わり近く、「ぬの門」を出た目の前にあります。
 このあたりは第二期になります。
 上は備前丸ですが、櫓や土塀が無くなっているために、石垣そのものが強調されています。
 姫路城のガイドブックで「扇の勾配」が紹介されるのは、たいていこの場所です。

地図・赤の7。
 搦め手の料金所横に当たる、帯櫓東面の石垣です。ロングショットなのと、逆光で石垣の積み方はよくわかりませんが、ここも第二期です。ただし、その後(近年?)に修理済みです。
 この石垣は高さが23.32mで、姫路城で一番高い石垣として知られています。
 また石垣の上端が水平ではなく、両側が上方へ反り返った曲線になっています。これは「気負い」と呼ばれています。高い石垣の場合、上端が水平だと、下から見た場合、両端が下がって見えるので、それを防ぐ工夫です。

★第四期の石垣

地図・赤の8。
 見事な切り込みはぎです。「リの櫓跡」の石垣ですが、順路に沿って歩くと、振り返って見る形になるので、気づかない人も多いでしょう。

 この時期の石垣は少ないので、これくらいに。
 そのほか、1788年(天明8年)の修履出願の記録がのこる修理か所が「はの門」の近くにあるのですが、樹木が多くてうまく写真がとれませんでした。また見た目はあまり違いがわかりませんでした。
 次のページでは、時期の違う石垣が隣り合っている部分を紹介します。

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