スイス鉄道の旅
2002.08公開

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港 の見える街から
(辻本のホームページ)




フルカ山岳蒸気鉄道(DFB)
Dampfbahn Furka-Bergstrecke
(その1)



(フルカ峠に挑むDFBのSL列車)

★知られざる観光列車

 スイスの鉄道は日本の観光客にも人気です。パック旅行の日程を見ると、三大有名鉄道(というか列車)が定番になっ ています。つまり、「氷河急行」(または氷河特急)、ユングフラウヨッホへ登る「ユングフラウ鉄道」、マッターホルンを望む「ゴルナーグラート鉄道」で す。
 今回の旅もその3つは外せませんでしたが、どこも日本人で大にぎわいでした。それに比べて、まったく日本人の姿を見なかったのが、このフルカ山岳蒸気鉄 道です。一部の鉄道ファンには知られていますが、一般の観光ガイドブックには、小さなコラムで簡単に触れられている程度です。
 このため、鉄道名の日本語訳もまだ決まった訳がありません。Dampfbahnというのは蒸気鉄道、Bergstreckeというのは登山区間、登山行 程という意味なので、フルカ山岳蒸気鉄道としておきます。(最初、フルカ登山蒸気鉄道としていましたが、山岳のほうがしっくりくるので変更しました)。ち なみに英語の名称は、The Furka Cogwheel Steam Railwayです。
 人の行かないところが好きな辻本としては、ここは今回の旅の主目的でした。このため、「スイス鉄道の旅」のレポートは、DFBから始めます。他の鉄道よ り、少し力が入った記録になっています。

★鉄道ファンによる鉄道ファンのための鉄道

 この鉄道の魅力について語るためには、その地理的環境と、歴史を知ることが不可欠です。まず次の地図を見てくださ い。

 Realp(レアルプ)からGletsch(グレッチュ)へ至る細いギザギザ付きの路線が今回乗ったDFB。Andermatt (アンデルマット)からRealpを経てトンネルでOberwald(オーバーヴァルト)へ至る太い線で描かれた路線は、フルカ・オーバーアルプ鉄道 (FO)です。しかし、かつてはDFBのルートがFOの本線でした。
 このルートはサンモリッツなどのエンガディン地方と、ツェルマットなどのヴァレー地方をつなぐ重要路線。フルカ峠から東はライン川沿線、西はローヌ川沿 線という、ヨーロッパの分水嶺を越える路線でもあります。
 そしてローヌ川の源流部には、ローヌ氷河があり、これが「氷河急行」の名の由来になっています。西側からは1914年6月30日(7月1日説もあり)に 氷河の手前にあるGletschまで開通。1926年6月19日にはAndermattから東のDisentis(ディセンティス)までが開通。そして7 月3日(4日説も)にはGletschから氷河の近くを通り、フルカ峠を全長1874mのトンネルで抜け、Andermattに至る路線も開通しました。 1930年6月26日(22日説も)には、Zermatt(ツェルマット)からSt.Moritz(サンモリッツ、ザンクト・モリッツ)まで氷河急行が走 り始めています。1942年7月1日(9月1日説も)には電化が完成しています。

 【追加】この部分について、辻本が現在最も信頼している資料である 「Schienennetz Schweiz」によると、峠の西側のBrigからOberwaldまでは1914年ではなく、1915年の6月1日に開通し、7月1日には Gletschまで開通区間が伸びています。そして1926年の7月4日にGletschからDisentisまで開通したことになっています。ちょっ と、上に書いたものと違っていますね。
 またOberwald-Realp間の電化完成は1942年7月1日となっています。(峠部分の両側は、それ以前に電化されています)。(2006年9月19日

 ちょっと話がそれますが、どうして資料によって開通の日付に異同が生じるか というと、「開通式典」と実際に最初の列車が走る日が、必ずしも同じ日とは限らないと言う事情があるからだと思います。そのあたりを厳密に見極めないと、 どの時点をもって「開通」と呼ぶのかで、日付が変わってきます。もちろん、単純な記述ミスもあるでしょうが……。
 上の例で言うと、「氷河急行」の
公式ページの中の「歴史」を見ると、氷河急行が走り始めたのは1930年 6月22日のように読めます。ところが「処女列車」の写真には「6月26日」との日付があります。このあたり、もっと詳しい資料が欲しいところです。(2004.01.09追記
 改めて公式ページの「歴史」を読み直してみると、氷河急行が走り始めたのは6月25日となっています。書き直されたのかな。それとも前に読み間違えたの かな。(
2006年9月19日追記

 ところがフルカ峠は豪雪地帯で、冬季は運休をせざるをえません。このためFOはフルカ峠に15.4kmの長い新トン ネルを建設。1982年6月25日には新トンネルの開通式が行われ、氷河に近い旧線を列車が走ったのは、前年の10月12日までとなりました。それ以来、 「氷河が見えない氷河急行」の状態が続いています。
 左の写真は氷河急行の窓辺に描かれている路線の断面図。RealpとOberwaldの間の、路線が通っていない高い山が旧線のルートです。旧線の最高 地点はトンネル内の2165mです。


 旧線が廃止になっても氷河に沿ったルートを惜しむ声が高く、早くも1983年には旧線を守るための国際的なボランティア組織が結成され、1985年には 私鉄の免許を取得しています。
 1992年7月11日に最初のRealp-Tiefenbach(ティーフェンバッハ)間3.66kmが開通。93年7月30日には峠の手前の Furka(フルカ)まで3.34kmが開通。そして2000年7月14日にはトンネルを抜けてGletschまでの5.89kmが開通しました。残る Gletsch-Oberwald間4.95kmについても復元の工事は進められており、2006年の開通を目指しています。

2009年7月6日・追加
 「上で2006年の開通を目指しています」と書いたのに、今に至る まで開通のニュースを聞きません。それで改めてDFBのページを探してみると、地図の中に「Gletsch-Oberwald間のRe-openingは August2010」と書いてありました。
 予定よりも4年遅れていますが、それでも来年8月ですから、あと1年ちょっとです。応援したいですね。

2010年1月11日・追加
 スイス政府観光局のホームページによると、「2010年のシーズンから運行開始」とあります。DFBのホームページに出ている2010年スケジュールに はまだ新規開通の情報は載っていませんが、近く明らかになると思います。


 それでは前置きはこのくらいにして、次のページからDFBの紹介です。


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