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シヨン城を見下ろす旅
Territet > Glion > Montreux
テリテ>グリオン>モントルー(MVR-mtgn)(2005/07/11)


(Glion駅で出発を待つMontreux行き電車)

★歴史あるケーブルカー

 Montreux(モントルー)の周辺は、ゴールデンパスルートのほかにも個性的な私鉄が数多くあり、鉄道ファン には興味深い地域です。

 左の地図は、MOBのHPか ら拝借しました。太い線はMOBとその関連私鉄です。
 この中でひとつあげるとすれば、Rochers-de-Naye(ロシェ・ド・ネー)へ至るモントルー・ヴヴェイ・リヴィエラ交通(MVR)のモント ルー・テリテ・グリオン・ロシェドネー線(MVR-mtgn)でしょう。

 上の地図は単純化されていますが、現実はもう少し複雑です。そしてGlion(グリオン)とTerritet(テリ テ)の間はケーブルカーとなっています。今回はテリテからグリオンへ登り、電車でモントルーへ下りました。

 本来の計画では、ローザンヌからモントルーに着いたらすぐにロシェ・ド・ネーに向かう予定でした。この路線は本格的な登山鉄道で、全線アプト式のラック レールを使い、標高1970mの頂上駅まで運んでくれます。しかし、ローザンヌで電車を乗り間違え、フリブールに行ってしまったため、ロシェ・ド・ネーま で行く時間が無くなってしまいました。
 そのため、モントルーに泊まった翌朝、ちょっと早起きして、ケーブルカーとグリオン・モントルー間だけ、楽しんできたのです。

 ケーブルカーをレマン湖から見たところです。これはシヨン城の桟橋からモントルーへ向かう船から撮影しました。中央 に、縦に一直線の線路が見えます。下の方にケーブルカーが写っているのがわかるでしょうか。
 また中央部を左右に横切っているのは、モントルーからロシェ・ド・ネーへ向かうMVR-mtgnの線路です。右手の方でヘアピンカーブを曲がり、写真の 上部、崖の上の集落の所まで登っています。
 このケーブルカーは1883年8月19日に開通しました。全長637m、標高差300m、最急勾配は570パーミルです。スイスでは1877年3月16 日に開通したローザンヌのフロン・ウーシー間(現在は地下鉄)などに続く4番目に古いケーブルカーです。現役としてはブリエンツ湖畔のGiessbach ホテル用ケーブルカー(1879年7月21日開通)に次ぐ歴史を誇っています。

 なお、ガイドブック等によっては、ローザンヌのことに触れなかったり、「スイスのフランス語圏で一番古いケーブルカー」などと書いている場合もありま す。

 さて7月11日、ホテルを朝7時ごろに出て、近くの停留所からトロリーバスで2つ目。テリテで降り、道路の山手にちょっと入るとケーブルカーの駅があり ました。 

 早朝なのでひっそりとしています。改札も何もありません。それでも早朝5時台から深夜0時台まで、頻繁に運転されており、生活の足になっているのでしょ う。
 現役のケーブルカーの隣には、昔の車両が保存されていました。開通当時はケーブルでつながった2両のタンクに水を入れたり出したりして、その重みで上下 する方式でした。ちなみにそのシステムを考案したのは、ラックレールの型式に名を残しているニクラウス・リッゲンバッハ氏だそうです。現在のように電化さ れたのは1975年です。
 7時20分に発車すると、すぐに眼下にレマン湖が広がります。遠くにはシヨン城(シオン城)もはっきりと見えます。グリオンまで所要4分、すぐに中間で 降りてくるケーブルカーとすれ違います。向こうもよく空いていました。

 シヨン城周辺を少しアップにするとこんな感じです。城の横の道路は、古くからジュネーブやローザンヌとイタリア方面を結ぶ重要な街道だったのですが、こ の写真を見ると、山が湖に迫り、交通の要衝になっている場所に城が築かれていることがよく理解できます。
 現代の高速道路は山の中腹を走っています。ここの高架橋は、美しい景観に配慮した作りとして知られています。伊藤学さんの「橋の造形」(丸善)による と、「生い茂る樹木に見え隠れするPC桁はほぼ等しいスパンで連続してリズム感があり、桁下縁の曲線と自然の地形に沿う道路線形のカーブが単調さを救って いる。二本一組の支え壁付きの板状橋脚は、基礎の寸法を小さくするという意図もあろうが、構造物の量感を軽減している。桁の形そのものは極めてスレンダー であるが、床板の張り出しの大きいことが、桁をよりスレンダーに見せる効果を生んでいる」とのことです。

★崖の上の高級リゾート地

 グリオンの着くと、すぐ目の前が鉄道のホーム。トップの写真のように青い電車が待っていました。7:25発なので、 すぐに発車です。左の写真で、画面の左端に見える傾斜した屋根がケーブルカーのホームの屋根です。
 グリオンの駅舎はなかなか立派です。それもそのはずで、1892年7月2日にこの鉄道が開通したときには、グリオンが始発駅だったのです。

 当時はグリオン・ロシェドネー鉄道(GN)という名前で、最初は途中のCaux(コー)までが開通。7月28日にNaye-Fontaines(ネー・ フォンテーヌ)まで延伸し、9月16日に終点のロシェ・ド・ネーに到達しました。モントルーからグリオンまでが開通したのは1909年4月8日で、それま ではモントルー方面から来る客は、すべてグリオンでケーブルカーから乗り継いでいたのです。
 グリオンはレマン湖を望む崖の上にあるリゾート地で、標高687m。クラシックなホテルが何軒もあります。「マルテの手記」で知られる詩人のリルケは、 この地で亡くなりました。
 MVR-mtgnは軌間800mmのナローゲージなので、車体の幅も狭く、座席も二人掛けと一人掛けが並んでいます。スイスでほかに800mmゲージの 鉄道といえば、ユングフラウの麓、グリンデルワルドとラウターブルンネンを結ぶヴェンゲルンアルプ鉄道(WAB) が有名ですが、あちらも同じ座席配置でした。
 この電車は一両での運転で、両端に運転席があります。右の写真は最後部の様子ですが、運転席も開放的です。


 モントルーに向かって下っていくと、前方にシヨン城が見えます。ケーブルカーで登ってきたときより近づく形になるので、少しだけはっきり見えます。高さ はかなり下がっているので、上に掲げた写真と比べると、アングルが少し違います。
 右の写真はシヨン城のアップ。こうして見ると、この城が「城館」というより「要塞」であることが良くわかります。なお、シヨン城は、お城としては第一級 の存在で、見応えがあります。今回はそれなりに時間をとっていたのですが、それでも順路に沿って歩くだけでせいいっぱいでした。写真もたくさん撮ったの で、いつかお城ページにアップしたいものです。

 電車はどんどん坂を下り、左下に国鉄の幹線を見下ろすようになります。湖畔にはホテルが並んでいます。左の写真の真 ん中に見える白いH型の建物が、今回宿泊したホテルです。ホテルの部屋からもシヨン城が見えました。
 やがてグリオンから12分、7時37分にモントルーに到着。駅前の階段を降り、トロリーバスでホテルへ戻りました。


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