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松山城保存修理事業説明会(2002年7月6日)★
2001年3月の芸予地震で影響を受けた松山城では
石垣など各所で修復事業が進められています。
今回、市民向けに事業の概要を知らせる説明会が開かれたので、
さっそく参加してきました。
松山城には現存と復元を合わせて多くの建造物があるので、
松山市のページにあるこの案内図を参考にしてください。
1)石垣の変位計測
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石垣のズレなどを調べるため、本丸部分の次の6か所で、変位計測が行われています。▽二ノ門南櫓の石垣南面(左の写真)▽同東面▽太鼓櫓の石垣西面▽筒井門東続櫓の石垣南面▽同西面▽筒井門西続櫓の石垣南面。
各石垣面に1-2m間隔のグリッドを想定し、その交点と石垣の両角を計測点として、距離と角度を測定します。
今年度すでに3回の計測が終わりましたが、どの石垣面にも目立った動きは観測されず、安定しているということでした。
左の写真では石の隙間が目立つような気がするのですが……。
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2)本丸の陥没、地割れなど
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本丸では石垣の上部が何か所か陥没したり地割れが出来たりしました。左は太鼓櫓の北側。地盤沈下と地割れが起き、修復はすみましたが、黄色いロープが張られています。
人が立っているところの前にあるパイプは、地山と盛り土との境面でのズレを計測する装置です。
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この地点は1972年に太鼓櫓を復元するために石垣を改修しています。地割れは、この改修の際に埋め戻した土の範囲で起きているそうです。
この場所の少し北、馬具櫓の南側も陥没が起きましたが、ここは第二次大戦前に手すりのコンクリート支柱の基礎工事が行われています。この時の埋め戻しにはコンクリート片や瓦の破片も一緒に埋められており、それらの破片の間に長年のあいだに隙間が生じたことが陥没の原因と考えられています。
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左の写真は筒井門から太鼓門に至る通路の南側、隠門の北側です。ここも石垣の近くに地割れが生じています。(立入禁止でしたが、初日の出を見た場所です)。ここは全面に盛り土をし、雨水を石垣方向ではなく、写真に見える排水路に流し込むようにする計画です。盛り土の目安のロープが張られています。
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ここの石垣は1947年に改修されており、やはり地割れは改修工事の範囲内で生じています。
ロープウェイから本丸に向かうルートで最初に出会う石垣には、「昭和22年 石垣改修」の文字や、石工たちの名前が角石の一つに刻まれています。左の写真の矢印の少し上です。
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この場所では、重文の隠門も被害を受けました。門の上の櫓が、ちょうど石垣部分を境に「く」の字型に曲がっているのがわかるでしょうか。門もゆがみが生じており、現在は通行禁止(というか開閉不能状態)が続いいます。筒井門との名コンビなのに、残念です。
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