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★ 美濃橋(2024 年9月)★ (青枠の写真は、クリックすると大きい写真が開きます) 岐阜県美濃市の長良川にかかる美濃橋です。 左岸の下流側から見ています。 緑の山を背景に、真っ赤な鉄骨トラスの補剛桁がよく目立っています。 この橋は1916年(大正5年)8月に完成し、長さ113m、支間長は116mです。 現存する最古の近代吊り橋で、2003年5月30日に重要文化財に指定されました。 床材の取り換えなど、何度も補修されてきましたが、 2016年から通行止めにした本格的な改修工事が行われ、2021年3月9日に完了しました。 補剛桁の色が真新しいのはそのためです。 主塔は鉄筋コンクリート造で、高さ9.8m。 左が左岸側で、市街地側のため、こちらは橋の名前が漢字で記されています。 右手に説明板と、 土木学会選奨土木遺産や 田中賞などのモニュメ ントが建っています。 右は右岸側で、こちらは橋の名前はひらがなです。 どちら側にもクラシックな街灯が建っています。 主ケーブルは左岸側は山裾の岩盤に直接定着させています。 未眼側は玉石積みコンクリート造のあんかーれいじIを設けています。 左岸側の主塔も岩盤の上に建っており、 架橋場所として城があった小倉山が川べりに迫っている場所が選ばれています。 幅員は3.1m。橋の入り口には車止めがあり、人と自転車だけの橋です。 補剛桁には安全のためにネットが張ってあります。 水面までは約15mで、過去には橋から飛び込んで溺れる人もいたそうです。 一番最初の写真でもわかるように、河原には車が入るため、行楽客も多く、 左岸には「遊泳危険! 渦に引き込まれるぞ!」という大きな横断幕が掲げられていました。 足元には照明が備わっており、橋全体のライトアップも行われています。 観光案内所で入手した美濃橋の説明書の表面は、ライトアップの写真です。 裏面には橋の諸元や、「令和の大改修」についての詳しい説明が載っています。 美濃橋の下流の左岸側には、上有知湊(こうづちみなと)と呼ばれた川港があり、 江戸時代から明治末の鉄道開通までは多いに賑わったそうです。 今でも立派な灯 台が残っています。 左側には船着き場へ降りる石段も残っており、写真の背後には航海の守護神、住吉神社もあります。 こちらは上の灯台の左手ある、江戸時代の文人・頼山陽と地元の村瀬藤城の詩碑です。 上有知湊から帰途につく山陽と、見送る藤城による七言絶句で、 解説板に読み下し 文が書かれており、情景が よくわかります。 上有知湊跡と美濃橋の間には、橋が出来るまで渡船場がありました。 こちらは左岸の上流側から橋を見たところです。 写真を拡大すると、手前の岩場に注連縄がかけられた場所があるのがわかります。 岩場を正面から見ると、注連縄の場所が洞窟のようになっています。 ここが「お姫の井戸」です。 岩場に降りる階段のところに、詳しい解説板がありました。 これは美濃市の重要伝統的建造物群保存地区「うだつの上がる町並み」にある 「旧 今井家住宅・美濃資料館」の蔵に展示されていた絵地図「美濃町名勝案内図会」です。 「大正の広重」と呼ばれた鳥瞰図絵師、吉田初三郎によるものです。 制作年代はわかりませんが、 越美南線が美濃弥富(現・郡上大和)駅まで開通した1932年(昭和7年)から、 美濃町が美濃市になった1954年(昭和29年)までの間に作られたようです。 誇張された小倉山の左側に美濃橋が描かれています。 上有知湊には船が集まっており、鵜飼いと思われる船も見えます。 灯台やお姫の井戸、水泳場という表記も描かれています。 参考ページは以下の通り。 美濃市観光協会「美濃橋(国指定重要文化財)」 文化庁「国指定文化財等データベース 美濃橋」 文化財保存計画協会「重要文化財・美濃橋の修復」 「橋が好き」へ戻る |