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★ 四万十川の沈下橋(2002年4月)★ ▽佐田橋(中村市) <長さ291.6m、幅4.2m、1971年架橋> 四万十川の本流には、二十二か所の沈下橋があるといいますが、 この佐田橋は、もっとも河口近くにあります。 そのため流域の沈下橋の中でもっとも長い橋です。 幅は4.2mと、大型車の通行も可能です。 中村市の市街地に一番近いこともあり、 訪れた日も観光客で賑わっていました。 橋脚の水色がちょっと目立ちます。 モスグリーンとかのほうが良いのに、って気がします。 で、このあたりが素晴らしいのは、実は橋そのものより、 やはりゆったりと流れる四万十川の姿です。 写真でも、鏡のようなその水面から、 流れの穏やかさがわかるでしょう。 そして、(本流に)ダムのない川らしく、 川幅いっぱいに水が流れています。 両岸にはコンクリートの護岸などは見えず、 本当に心が洗われるような気持ちになります。 ◆ ▽三里橋(中村市) <長さ145.8m、幅3.3m> 佐田橋から少し上流で、セットで訪れる人が多いようです。 このあたりも、まだ流れは川幅いっぱいあります。 少し上流に屋形船の乗り場があり、 のんびりと川下りの船が橋をくぐっていきます。 ◆ ▽高瀬橋(中村市) <長さ232.3m、幅3.4m、1973年架橋> ここは右岸側に広い河原が出来ていて、車でも降りられます。 ここまで来ると観光客の姿も減ります。 写真に写っている車に乗っていた夫婦は、 キャンプ用の椅子とテーブルを出し、のんびりしていました。 橋の中央の路面は少し広くなっています。 ここは車のすれ違い場所なんでしょうが、 さすがに橋の上ですれ違うのは度胸がいりそうです。 ◆ ▽勝間橋(中村市) <長さ171.4m、幅4.4m、1959年架橋> 中村市最後の橋。 勝間地区と鵜ノ江地区を結ぶため、 鵜ノ江沈下橋と呼ばれることもあります。 右岸側の橋のたもとに、 高知県知事による橋竣工の碑があります。 ◆ ところで、四万十川は「最後の清流」として近年脚光を浴び、 沈下橋も日本の原風景のように語られることがありますが、 橋が架けられたのは大半が昭和30-40年代で、 意外と新しい物なんです。 現存最古の橋は、窪川町の一斗俵(いっとひょう)橋で 1935年(昭和10年)の架橋です。 この点について、松村博氏は「日本百名橋」の中で、 「沈下橋がある種の郷愁をもって見られるのは、 その後の日本の風景の変化が激しすぎたためか、 自然とうまく調和しながら生きる日本人の心が、 沈下橋の形に込められているためであろう。」 と語っています。 またこの時期というのは、 別の視点に立つと高度成長の真っ最中であり、 自動車交通が発達して、川の水運が衰退する時期です。 このため、大きな船が通ることを考慮することなく、 かつ、小さな集落へも車が行き交うために、 このような手軽な橋が架けられたのではないでしょうか。 ◆ ▽口屋内橋(西土佐村)<長さ241.3m、幅5.6m、1955年架橋> この橋の少し下流に新しい口屋内大橋が架けられており、 左岸の国道から右岸側に渡ると、 小さな東屋を設けた展望所が作られています。 上の写真はそこから撮影。 河原が広いのであまり見栄えはよくありません。 河原にはいくつもテントが建っています。 橋までやってくると、こんな感じ。 この橋は、ここまでの橋と橋脚の造りが違います。 下流域の沈下橋の多くが、 鋼やコンクリートの杭を橋脚にしていますが、 この橋は川底から直接コンクリートの橋脚を立ち上げています。 沈下橋の橋桁は、角が丸く作られているのが特徴です。 これは川が増水して橋が水没したとき、 少しでも水の抵抗を減らして橋の流失を防ぐためです。 口屋内橋の場合は橋脚も丸みがあるため、 無骨でありながら、優しい印象を残します。 特にこの橋の橋桁は、厚さが変化する変断面になっており、 「アールヌーボーの沈下橋」と呼ばれることもあります。 ◆ ▽岩間橋(西土佐村)<長さ120.0m、幅3.5m、1966年架橋> 橋そのものの姿で有名なのが、上の口屋内橋だとすれば、 全景でベスト3に入ると思われるとが、この橋でしょう。 ちょうど川がカーブしているところにあり、 左岸の国道を上流に向かって走っていると、 車からでもよく見えます。 このあたりで河口から30数キロですが、 かなり川幅が狭くなってきました。 写真ではわかりづらいですが、橋の真ん中に腰掛けて のんびりと川をながめている父子がいました。 ◆ ここまでは、河口からすべての沈下橋をたどってきましたが、 時間の都合もあり、 あとは車で通り過ぎるだけだったり、 窓からながめたりだけだったりする橋が多くなりました。 ◆ ▽中半家橋(西土佐村)<長さ125.9m、幅4.3m、1976年架橋> ここは車は通れません。 というのも、すぐ下流に新しい半家大橋が架かっているからです。 これまで見てきた橋は、近くに他の橋が無く、 いずれも生活道路として大切な役割を果たしています。 このため、狭くても当たり前のように車が走っていました。 しかし、この橋のように、すぐ横に新しい橋が出来ると、 車は通れなくなるようです。 ちなみに、沈下橋に対して、 水面から橋面までの高さが高い橋のことを 抜水橋(ばっすいきょう)と呼ぶそうです。 ▽里川橋(十和村)<長さ84.0m、幅3.0m、1954年架橋> 宇和島方面への国道の分岐点であり、 JR予土線に出会う江川崎をすぎると、 四万十川は渓流の趣を見せてきます。 そして下流域以上に屈曲が激しくなります。 国道は屈曲部はトンネルでパスしてしまうため、 沈下橋に出合う機会も減ってしまいます。 この里川橋も旧道沿いにあるのですが、 5万分の1の地形図にも「里川沈下橋」と記されていたので 立ち寄ってみました。 (ちなみに他の橋では、岩間橋が単に「岩間橋」とあるだけで、 メジャーな佐田橋なども地形図では単に記号だけです。) 寄ってみると、趣のあるいい風景が見られました。 川幅はぐっと狭くなり、カヌーが走っていました。 ここもすぐ上流側に新しい抜水橋が架けられており、 車はとおれません。 右岸側には家がありますが、対岸には見られず、 利用者も少なそうです。 ◆ 以上で紹介は終わりです。 本流22か所の沈下橋のうち、やっと8か所ですが、 概要は伝えられたでしょうか。 流域全体の沈下橋を知るのにお薦めは、 その名も「四万十川流域の沈下橋」というページです。 辻本も参考にさせていただきました。 「橋が好き」へ戻る |